人間観察

病院の待合室にて・・・

今日は母の内科の定期検診日だ。
待ち時間覚悟で本を持参していたが
あまり興が乗らずTVではコシノジュンコの特集していたが・・
音が小さくて聞こえない。

眠るに眠れず読むに読めず観るに見れない。

しょうがないので患者さんたちを眺める。

年寄りが大半。

年を取ると皆 似たような姿になるものなのだな〜

男の人も 女の人も ゆっくりゆっくり。

腰の曲がった人、車いすの人、杖つく人。

みんな具合の悪い人たち・・・

そして私たちもいつか歩く道。

でもそうなりたくない!

この眼で見ていながら同じ道は歩きたくない。

せめて最後まで健康維持、体力維持をしていきたいものだ。

なんとかならないものだろうか?


父がこの病院で死んだ。

病気を治してもらいたくて何年も通った。

高血圧で通院していたら慢性腎炎になっていた。

毎月の血液検査はなんだったのだろう?

慢性腎臓病の定期検診で毎週通っていたのに

胃癌になった。

胃癌の手術は成功したが関節が痛くなりロキソニンを飲まされ
肺炎になりとうとうこれが命取りになったわけで・・・

今思えばひとつの病気から薬害で次から次へと余病ができたとしか思えない。

悪循環

父は本当に可哀そうだった。信頼していた医師からも裏切られた。

もっともっと生きたいから治してもらわなければと言っていた。

でも力尽きてしまった。

これも医療ミスだったと私たち遺族は信じている。

証拠を見ている・・・

この前後には医師の不信にいろいろあって・・・・
抗議して別の病院に転院するところまで行きつけていたのに

その矢先のいきなりの死。

父が生き返るなら訴えてやるところだったのだが・・・

父は死んでしまった。








母も通院しなくてはならない難病にかかっている。

今までのように自由にどこにでも行けなくなったが
普通に暮らせているのは父に感謝だ。

父の不幸を踏まえて私たちは母の治療にも対処の方法を
覚えた。

言われるままに薬を増やさない。
異常が出てきたらどの薬のせいかネットで調べて主治医に
相談する。
母の主治医は素直で研究熱心だからその時判らなくても
次の時には答えらしきものを出してくれ、今では極力少ない量の薬に
してもらえている。

歩けるけれど長く歩くと後がつかれるので車椅子も購入した。

母は最初は嫌がったが父は入院しているときにマイ車椅子を欲しがっていた。

病院の車椅子なんかより自分専用のが欲しかったのに違いない。

注文していたが間に合わなかった。

私たちが思っていたより父の状態は悪かったの違いない。

私たちも父も初めての経験だったからひどい病気持ちになったとは
思っても死ぬほどのものとは思っていなかったのだ。

今になってやっと判った。

父は最後に死にそうなくらい辛いと言っていた。

ああ〜まだまだここまでしか語れない。

私は父が大好きだった。

父は今でも私たちを見守ってくれている。

ひしと感じる日々を暮らしている。

その父が教えてくれたことを母の治療に精一杯生かしている。

綱渡りのようだが何とか無事に過ごさせてもらっている。


最後は自分のことは自分で対処していかなければいけないから
両親の病気を背面教師としなるべく病院に関わらなくて良いように
精一杯頑張ってみようと覚悟している。



待合室で待つ間にあの人もこの人にも手を貸したいと思った。

でも留まった。

今、数分、私が手を貸したからと言ってなんの足しになるだろう?

他人のこの人たちは残りの23時間55分間は自分一人で生きて
いかなければならないのだ。



一瞬助けたつもりになっても自己満足、傍から見れば偽善者。


まだ若いのに数年前に病気で杖なしでは歩けなくなったネット友達がいる。



その人がドアを開けようとしたら気を使ってくれて
先に開けてくれる人がいるけれど、あれほど怖いことはない。
自力で体重掛けているから転びそうになるとぼやいていたことがある。

それを聞いた時から小さな親切大きなお世話とはこういうことなのだなと心に突き刺さった。

上っ面だけでなくちょびっと深いところが見えた今日の待ち時間だった。